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ニキビのお気に入りはここ

日本ではベンチャーはできないとか、ベンチャーはなかったというのは誤りで、現実にいろいろとあった。 そういうものをつくるという資質を持った学者もいたことは、きちんと認識してもらわないといけません。
◇A伝染病研究所の歴史をひもとくと、Ksが基礎を築いた戦前の伝研は、ワクチンなどの生物製剤を自分たちでつくって売っていた。 T大に編入されたけれども、実際の給料は全部自前で稼ぐことができたと記されています。
ですから、伝研に言いたいことが言える自由な雰囲気があったのは、文部省のお金に頼ってはいなかったこともあると思います。 給料を自前で稼ぐことができる仕組みがあった。
100年史の中で、戦前の伝研の特徴についてそういうふうに読むことができます。 同様なことを理研が物理化学の分野(ジェネラルサイエンス)でやっていた。
医科学分野(へルスサイエンス)ではワクチン生産を含めて伝研はT大に編入されていたけれども、文部省やT大から比較的独立してやりたいことをやったのではないかと思います。 それが戦後になって、アメリカ占領軍GHQにより予防衛生研究所と大学部門にスパッと分けられて、ワクチン製造などところがアメリカのベンチャーの成功者はみんな一流大学を出て、一流の大学院を出ている。

まれに一流大学に入ったものの「こんなことをやっていられるか」とすぐにやめてしまった人もいますが。 Hb大学に入ってすぐやめたB・gがそうです。
で、アメリカでベンチャーを立ち上げてうまくやった人たちは、みんなものすごく成功するんです。 しかも仕事は楽しくてしようがないからものすごく働く。
の実務は予研に行ったわけです。 ◇N歴史をひもといてみるといろいろあるんですね。
◇Yにもかかわらず、現在の日本ではベンチャー、特にバイオベンチャーがなぜか起こりにくい。 アメリカでベンチャーがワーッと出てきたのが1980年代の半ばから後半で、いま1300社強もある。
わずかこの10年ですね。 80年代の頭から90年ぐらいのあたりのところで日本で何があったのか、よくわからないんです。
◇K日本とアメリカのベンチャーの違いは何かというと、実際にだれを思い出すかで見えてきます。 日本ではMdのmさん、Hのhsさん、SnのId、Maさん、最近だとKのIkさんですね。

アメリカにはB・gとかたくさんいますが、その人たちのパターンを比べると、日本の場合、ベンチャーをやって成功した人は、Snを除いてすべて一流大学出身者ではありません。 mさん、hsさんは大学も行っていないと思います。
日本のベンチャーの人たちもものすごく仕事をやるんですが、銀難辛苦の「なにくそ、このやろう!」というアンチ・エスタブリッシュメントのエネルギーが強いように思います。 なぜかというと一流大学を出ていないからです。
とくに日本の明治維新からの近代社会は、官を中心にした、T大を中心にした1つの価値に固定された社会をつくってしまったからです。 要するに村社会のヒエラルキーになっていて、エスタブリッシュメントの階層に入った人はベンチャーを起こす必要はないのです。
既得権がありますから。 アメリカでは、Hb大学を卒業したからといっても、それは単なるカレッジ教育であり、そこでものすごく勉強して、さらに大学院に行くことで真価が問われる。
Hb大学を出たからHb大学院に行けるかというとそんなことはないんです。 まったく別になっているので、いろんな大学出身者がごちゃごちゃに混ざるようになっている。
混ざるから、お互いが混じって何をするのかをみんな見ているわけです。 アメリカは個人主義の社会ですが、いかに人と違うことをするかが価値になる。
だから卒業してI社に入って、「あそこは評判よくて一生いられるぞ」と言うと、若くて優秀であればむしろ軽蔑されます。 日本はそうではない。
特に戦後、55年体制になってからは村社会の価値観で統制され、国内マーケットで競争している分野は、銀行も企業も、大学もお医者さんも、国内のヒエラルキーに従っていればいい、という構造になってしまった。 教育はあくまでも55年体制を支える会社員をつくる教育をしていればよかったわけですから、既存の知識を踏襲して、その価値に疑いを持たない人を育てていればいいという教育をしてきたんです。

◇Yつまり、追いつき追い越せのキャッチアップ型の社会構造が、その鋳型にはめて人をつくり出してしまった。 そして教育システムも右にならえになってしまった。
◇Kそうです。 その間に日本は何をしたかというと、一部の産業がグローバル・マーケットで人がほしがるものをどんどんつくった。
テレビとか自動車とかカメラとか。 品質管理(QC)を一生懸命やって、品質の高い工業製品を生産し、外国でのシェアを増やして富を拡大していったわけです。
その結果、お金持ちになったんですが、儲かったお金をどう分配するかについては、村社会のシステムが政治家や官僚を通じて支配した。 ところがいま、村社会の価値観だけではやっていけない世界状況に直面しているわけです。
突然「国際スタンダード」だと言われ、みんな困ってしまっているわけです。 お上を中心にした日本のヒエラルキーにいかに食い込むかという価値観でいままで来たから、それと無縁な独立したベンチャーが急に栄えるわけがないんです。
このような価値観は、Stが西南戦争で負けて官僚による中央集権が確立されてからできたのか、それとも武士支配のT時代からずっとあるのか、よくはわかりませんが、このメンタリティーは、基本的にグローバル化に向いていないようです。 いま、多くの人が外国に行っていますが、研究者にしるビジネスマンにしろ、彼らは日本の会社からへその緒を切らないで出かけている。
そんな人たちに本当に世界のことがわかるのだろうか。 ◇K私が心配しているのは、アジア諸国に学会活動なんかで行くと、彼らのほうがむしろ可能性が開けていると感じる点です。

つい最近も、南京、北京、それからハノイに行ってきましたが、一時の日本みたいに若い人のエネルギーがものすごくある。 しかも基本が日本のような村社会的な組織ではないので、有望な若者がどんどん留学してアメリカに直結してしまう。
韓国もそうです。 T大に相当する国立大学のS大学が分子生物学遺伝学研究所をつくった際に、所長にだれを持ってきたかといえば、20年間もアメリカにいた研究者です。
そういう人をトップに持ってきた。 T大がそんなことをすると思いますか。
絶対にしないですよ。 国内のヒエラルキーのシステムを守ることがまず第1にきてしまうから。
アジアにも後れを取りはじめた日本ですから、なぜベンチャーが起こらないかと我々がやきもきしても、大部分の日本人は基本的にはそう考えていないのでしょう。 特にエスタブリッシュメント階層に属している人ほど、「我々はハッピ−よ、がたがた言わないで」ということではないかと思います。
◇Yその価値観を変えないといけないですね。 ◇Kそうです。
こんなことをやっている限り、アジアの人のメンタリティのほうが早く変わっていき、日本は取り残される。 私は、日本はアジアの中でも完全に違ったスタンダードで行動しているのではないかと疑っているんです。